私は大学を卒業して22歳の時に地元の自動車修理会社の会社に就職しました。
受付の仕事に就いたのですが、バイトの経験はあったとはいえ接客業の経験が少なかった私は、内気な性格もあってか不安と緊張でいっぱいで失敗ばかりしていました。
お客さんや先輩や工場の方から怒られてばかりの毎日です。
そんな時、私に「誰だって失敗はあるよ。元気出して」と優しく声を掛けてくれ、励ましてくれていたのが工場長の彼でした。
それを機に私は仕事で分からないことや困ったことがあったときは彼に相談するようになりました。
仕事面ではできる限りのサポートをしてくれたり、相談はお昼時間や仕事終わりに少しだけ時間をとってアドバイスを貰ったり。おかげで仕事中、自信がなくあまり笑顔を作れなかった私でしたが、少しずつですが自信が持て、前向きになるようになりました。
私はいつも優しく接してくれる彼に好意はありましたが、それは仕事の先輩としてというだけであって、好きという気持ちはまだありませんでした。
なぜかというと彼は妻子持ちだったからです。
この会社に入社した当初、歓迎会の席でその話を他の受付の先輩から聞いていました。
彼は私より、ひとまわり以上上の36歳。奥さんは同い年で大学の時の同級生。大学を卒業してすぐに結婚したそうです。
子供はなかなか授からずにいたのですが、不妊治療の末3年前にやっと第一子を授かることができたそうです。
奥さんとも非常に仲が良く、度々子供の写真を周りの人に見せるくらい子供が大好きで子煩悩な人なんだと。
そんな話を聞いていたので、私の心にはセーブがかかっていたのでしょう。私は必要以上に付きまとわないよう、彼を特別に思わないよう心がけていました。
入社してから2年が経ち、私もこの受付の仕事にもだいぶ慣れ、上司からも仕事を任されるくらいになってきました。他の社員の方との関係も良好で毎日が充実した日々を送っていました。
そんな中行われた忘年会でのことです。いつものようにお酒を飲みながらたわいもない話で盛り上がっていると、その中の一人がスノボが趣味でスノボが好きな人で集まってみんなで滑りに行こうと提案がありました。
そのかけ声に集まったのは6人で、その中に私と工場長の彼もいました。
私はスノボが大好きで大学生の時にはインストラクターの資格を取るくらいの腕前です。
彼も社会人になってから冬には休みの度に滑りに行くほどハマっているそうです。
そんな私たち2人は同じ趣味という点で会話がいつも以上に弾みました。
今までは仕事の話ばかりだったけど、同じ趣味の話ができるなんて繋がりができたようでとても嬉しかったのを覚えています。
6人で集まって滑りに行くのも6人皆で一つの車には乗れないからと彼は私を連れて行くねと、皆とは別行動で2人きりで車に乗って行きました。
その道中、車の中で私と彼の関係は急接近しました。
恋愛経験の少なかった私は、ひとまわり以上上の彼の包容力や安心感にどんどん惹かれていきました。
彼も私を甘やかしてくれ、2人でいる時間は大切な時間となっていきました。
もちろん妻子持ちの彼ですから、家庭を優先して欲しいという私の願いもありましたので、会うのは毎週平日の1日と土曜日だけ。平日は友達や会社の人と飲み会で、土曜日は友達とスノボに行くという理由で奥さんには特に怪しまれるようなことはなかったです。
彼とのやりとりは基本メールですまし、電話は私からは電話することは無く、必ず彼からかけてもらうようにしました。
社内の人にも気づかれないよう注意をしました。
週二回の彼とのデート。平日はドライブをして夜景を見に行ったり誰もいない海を見に行ったり。誰か知り合いと会ってはいけないと、隣の市まで移動してごはんを食べたり映画を観たりしました。
土曜日は共通の趣味のスノボに行きました。スノボならウエアを着ているから誰か分からないし、周りの目を気にせず2人で楽しく滑ることができました。そして必ず夜ごはんの時間までにはバイバイをしました。
最初は週二日会えるだけでも幸せでしたしとても楽しかったのですが、だんだん彼を独占したいと思う気持ちが強くなってきました。
彼の奥さんや子供がいなかったらいいのにと思うようになってきたのはこのころからです。
彼の誕生日の日になりました。一人暮らしを始めた私はこの日はちょうど土曜日だったこともあり、気合を入れて彼に手料理を作り彼に食べてもらいました。
誕生日プレゼントは身につけるものだと奥さんにばれてしまうからと、職場で使えるようにお揃いの高級ボールペンをプレゼントしました。
そして勇気を出して奥さんと別れる気はないのか聞いてみました。
すると彼は「最初は君も妻も同じくらい大事な存在だったけど、今は君の方が大事かもしれない」と言うのです。
私ははっきりと「奥さんと別れて欲しい」と伝えました。彼も「時間はかかるかもしれないけど、君と一緒になりたいので待っていて欲しい」と言ってくれました。
これで彼と一緒になれると思うと、とても嬉しい気持ちが強すぎて彼の奥さんと子供への罪悪感なんて微塵にも感じませんでした。
彼にプレゼントした高級ボールペンがきっかけで、社内で私たちが不倫関係にあるんじゃないのかと噂が立つようになりました。
それを心配した同僚が私にあの噂は本当なのか聞いてきました。
今まで誰にも打ち明けてこなかった私ですが、入社以来仲の良かった同僚にならと、彼女にだけ打ち明けてしまいました。
もちろん彼女からは猛反発をうけました。「絶対に幸せになんかならないよ」と。もし二人が一緒になっても絶対に祝福はしないし、友達としての縁も切るからとはっきりと言われました。
彼に妻と別れるからと言われて浮かれていた私は、彼女に対して腹立たしい気持ちでいっぱいでした。友達だと思っていたのに祝福してくれないなんて酷いとすら思っていました。
それからある日、社内でBBQパーティが行われました。
社員の家族も参加自由で家族連れできている人も多かったのですが、まさかの彼も奥さんと子供を連れてきていたのです。仲睦まじい様子を目の当たりにした私は裏切られたような気持ちでいっぱいでした。
その時同僚が私の耳元で「あの幸せをあんたが壊そうとしてるんだよ」と言われ、私の彼に対する気持ちが一気に冷めていきました。
それを期に、私は彼に別れを告げ、彼も分かったとの一言で二人の関係は終わりました。
いろいろ助けてくれた彼にはとても感謝をしています。彼のお陰で私は会社を辞めることなく居場所を作ってくれたからです。
2年足らずのお付き合いでしたが楽しい日々でした。その後も大切な仲間として仲良くさせていただいています。
(さき、25歳)